*捏造未来設定です。本誌の出来事とか無視の方向で。










 セピア色の夢を見た朝は、決まって涙を流して目覚める。





「ボス、時間だぜ」
「ああ、悪いロマーリオ。すぐ行く」



 出来るだけ自然な動作で涙を拭いながら応える。ディーノを幼い頃から支える部下は「車の用意をしてくる」と言い置いて出て行った。涙に気付いてることも、気付かないフリをしてくれていることも解っていた。それは情けないことのようにも思えるが、ディーノは敢えて甘える。自分はこれでいいのだ。部下は、ファミリーは文字通り家族。ディーノは彼らに愛され守られ、故にディーノも彼らを愛し全力で守る。それがディーノが選んだ自分の在り方なのだから。
 そして、もう一人。



「早いもんだな。出会ったのがこの前のような気がするぜ」



 もたもたとネクタイを締めながらデスクに飾られた写真に眼を落とした。いつだったか日本に滞在中に映したものだ。笑っているのはディーノと、弟分のツナと彼のファミリー、それから。思わず唇に乗せそうになった名を慌てて押し込める。受け手のない言葉はむなしく響くものだ。それは今のディーノには耐え難いことだった。







 ロマーリオや数人の部下が待つ車庫へと向かう。
爽やかに吹く風とともにディーノを向かえたのは清々しく晴れ渡ったイタリアの青空だった。大空の称号を持つ青年が降り立つにはこれほど相応しい天気はないだろう。後日に迫った戴冠式を前に次期ボンゴレボス・沢田綱吉は、今日イタリアに到着する。9代目の屋敷までの彼らのエスコートがディーノの仕事だ。
車に乗り込み窓に眼を向けると、景色が後ろへ後ろへと流れていく。その筆頭たるは整然と植えられた並木。日本で歩いたあの並木道にはそろそろ花が咲いているだろうか。の好きなピンクと白のハナミズキの花。



―――」



 また近しい人がの傍から消えてしまう。今彼女はどうしているだろうか。もしかしたら、泣いているのかもしれない。













 は表情のコロコロ変わる平凡な女だ。だけれど心惹かれ、愛さずには居られない存在だった。少なくとも、ディーノにとっては。
 彼女はたびたび空を見つめては歌っていた。ディーノには音楽の良し悪しなど全く理解できない。だが、彼女の歌は良いと思った。歌い終えた後、彼女は決まって微笑む。その笑顔を見るのは何よりも至福を感じる時だった。



の歌は凄いな。聴いてると、どんなに哀しいときでもムシャクシャしてるときでも笑いたくなる」
「だって、ディーノに笑っていて欲しいんだもん」
「俺に?」
「そう。ディーノが哀しいと私も哀しいの。ディーノが泣いてると私も泣くの」



 の指が道沿いに咲くハナミズキの花にそっと伸びた。枝から彼女の手に移った花は、彼女によってディーノの髪に添えられた。
愛おしげに眼を細める、彼女の瞳に宿った寂しさと決意を忘れない。


「だからねディーノ、私が歌ったら笑って」













 ディーノに気付くと綱吉は笑って手を降った。出会った頃から変わらない朗らかさ。マフィア界のゴッド・ファーザーという大任を前にしてのその態度は頼もしく、好ましいものに思えた。9代目と会う前にイタリアの街を見てみたいと言うのもその考えを助長し、ディーノは快く案内を引き受けた。
 2人は様々な話をした。イタリアのこと日本のこと、仕事のこと日本での生活のこと。離れていた時間は思うよりも長く、話すことはいくらでもあった。しかし、が会話に登場することは1度もなかった。





 9代目の屋敷の前で車を止めて綱吉を降ろす。此処から先はボンゴレの者が案内することになっていた。これからは、もう彼は庇護する対象ではない。肩を並べあう存在になるのだ。
 「じゃあな」と言って送り出そうとするディーノとは異に、綱吉は物言いたげにディーノを見つめ、最後にはクスクスと笑い出した。目じりを下げた、苦笑だった。



「ディーノさん、彼女は元気ですよ。はいつも歌ってます」
「・・・聞いてねぇだろ」
「バレバレですよ。全く話さないなんて極端すぎますよ」
「うっせ」



 そっぽを向くディーノに綱吉はまた笑う。どうやらからかわれていたらしい。空港から1度ものことを話さなかったのもからかいのうちだと言うのなら大した者だ。
 からの預かり物だと小さな便箋を差し出すと、綱吉は「案内ありがとうございました」とだけ言い残し、振り返ることなく歩いていった。ピンと伸ばした背筋は揺るぐことは無い。本質は変わらない。しかし驚くほどに成長している。もしかしたら彼はずっと以前にディーノの庇護を離れていたのかもしれない。








 私邸に戻ったディーノは豪快にベットへ身を投げた。朝、この場所を離れた時とは打って変わって、限りなく幸福な気分だった。それを作り出した要因はディーノの右手に包まれている。言うまでもなく、綱吉に渡されたからの手紙だ。そこに書かれていたのはたった一言。だが、ディーノを幸福で包むには十分すぎるものだった。



は何時も歌ってます』



 綱吉の言葉を反芻し、ディーノは笑って眼を閉じた。さわさわとそよぐ風に乗っての柔らかい歌声が届く気がした。





――――もうちょっと、待ってて。





もうちょっと
歌声の次には大好きな君が