いつかが僕に言った。



『あたし雲雀の名前好き』



その言葉が僕の誇りであり、そして重荷だったんだ。



『きっと鳥みたいに高く飛べるんだよ』





2つのトンファーを軽く振るえば、鈍い音とともに赤い液体が散った。Yシャツが汚れた。
例えばこの腕を両翼と見るにしても、それは獲物を叩き落すためのものだ。赤く濡れそぼったそれは2人で飛ぶには重すぎて、出来ない。僕の背中には翼が。君を抱いては飛べないけれど。







応接室に戻るとソファーで眠るが居た。
同じソファーの端に座るとぎしっと軋んで。それでもは目覚めない。彼女の頬に手を伸ばそうとして止める。
だって僕の翼は獲物を叩き落すためのもので。僕はの体温を知らない。(僕の手は赤く汚れていて彼女の肌は美しい白で。それは油と水のような) 伸ばしかけた手を硬く握り、立ち上がる。再びソファーが軋んだ。



「雲雀?」

「何」

「帰ってきたなら起こしてくれればいいのに」



いつだって、そうやって、君は僕に身を委ねるんだね。



「気持ちよさそうに眠っていたからね」



僕は君と飛べやしないのに。

ただ、君だけだったら平気かもしれないな。
僕は地面に居て、君を飛ばせてあげるよ。見守っているから安心して飛んでいればいいよ。
ほら、僕の傍で深い眠りにつくみたいに。そしたら、僕がその眠りを誰にも邪魔させないみたいに、さぁ。



「…ねぇ雲雀、怪我してるの?」

「してない」

「シャツ、血がついてるよ」

「僕のじゃないよ」

「ふぅん。早く脱いで洗ったほうがいいよ。落としにくいから」

「分かってる」



血のついたシャツを脱ぐ。肌にひんやりとした空気が直に当たる。
に向けている背中が、彼女の視線を感じてムズムズする。本当に翼が生えてくるのかもしれない、なんてあるはずもない想像(願望かもしれない)をした。ら、仄かに良い匂いが鼻を掠めて、ムズムズした背中に僕の知らないヌクモリが触れた。



「…?」

「うん」

「何してるの?」



どうして触れてしまったんだ。君まで落ちてしまうよ。



「やっと雲雀に触れられた」

「…なに、変態みたいなこと言ってるの」



まだ間に合うと、ゆっくりを離そうとする。でも彼女は離れなかった。それどころか益々近く、僕に寄り添う。



「だって、雲雀に触れられて幸せなんだもの」

「幸せ、なの?」



あぁ、ならば君は、飛ぶことさえ棄てて僕とともに落ちてくれるのか。



「うん、幸せ」



に向き直り彼女を包み込むと、温かかった。も僕の背中に腕を回し、嬉しそうに小さく笑った。
彼女の手が触れたところがムズムズする。



「ねぇ雲雀。幸せすぎて、まるで空を飛んでるみたいだね」



瞳を閉じての言葉を聞きながら、僕は夢を見た。

彼女を抱いた僕の背中には翼が、










(あたしには見えていたのだ、最初から。だってあたし達こんなに高く飛べた)