01 りんご


“愛してる”だなんて言葉を囁いてみても、足りない。
君が僕のものにならない気がする。

もっともっと僕のものになって、僕色に染まって。



「ハイ、。プレゼント」

「プレゼントって・・・あたし誕生日でもなんでもないよ?」

「わかってるよ」



の両手に少し余るくらいの小箱。それを受け取りつつもは嬉しそうな顔をするでもなく、訝しげに僕を見る。

そんな彼女の反応に内心で苦笑しつつ、柔和な笑みで箱を開けるよう促した。

の白い指が取り出したのは禁断の果実。硝子作りのりんごの実。



「香水?」



りんごの形のフレグランス。



「そう。この間見つけて思わず買っちゃったんだ」

可愛いでしょ、と言って笑うとは納得したように、でも少し呆れて風を含ませながら言った。



「そういえば周助ってりんご好きだったわね」

「うん」



魅入られた理由は他にもあったけれど、彼女に伝えたいと思うことではなかったから隠して、ただ頷いた。



「ねぇ、つけてみてよ」

「え?」



唐突な僕の科白をが理解する前にその手から香水を抜き取った。



「周助、自分でつけるから貸して」



一拍おいて科白の意味を理解したは僕の手中の香水ビンに向けて手を伸ばす。

「いいから」



その手を軽く押さえて彼女の首筋に香水を一ふきかけた。



「ちょっ、周助っ」

抗議の声は無視をして、甘い香りのするそこに顔を埋めた。

はりんご、禁断の果実。

「周助?」



喋らない動かない僕の頭をは子供にするように軽くたたいた。

「何よ、結局甘えたかっただけなの?」

やっと顔を上げると目の前でが笑っていた。

「・・・そうかもね。甘えさせてよ」





夜明けが来るまで。

は禁断の果実。

それを食べた僕は、夜明けまでの楽園を見る。






























































































02 キス
(2人で創る”幸せ”のカタチ)


「周助」



呼ばれた名に振り向くと唇に感じた柔らかさ。
それは考えるまでもなくわかるほどに慣れ親しんだ彼女のモノで、僕は少し驚きつつもその甘さに酔いしれた。



「どうしたの?のほうからキスしてくるなんて珍しいね」

「別に。・・・たまにはいいでしょ」



そっけなく応えた口調はいつも通りのものだったけれぢ、いつもとは違い少し色づいた頬がたまらなく可愛いと思った。



「その“たまに”を実行する気になった理由を聞きたいんだけどね」



座り込んでしまったの隣に座り、その顔を覗き込む。次は僕からキスを贈ろうと頬 に手をかけたけど、のほうが先に僕に唇を寄せた。
細い腰を抱いた腕に応えるように僕の後ろに回された腕は、長い長いキスが終っても離されることはなかった。

「本当に今日はどうしたの?」



“聞かないでよ”とでも言うかのような恨めしげなの眼ににっこりと柔らかな笑顔で返す。英二に言わせると僕のこの笑顔には誰も逆られないそうで、今回もその効力を発揮した。
はポツリポツリと話し出した。



「・・・いつも周助のほうからしてくるじゃない?」

「そうだね」



恥ずかしがるを言葉で丸め込んで。愛しくて愛しくて溢れそうな気持ちをその唇に触れることで表した。



「嫌だった?」



だけど、そういえば彼女の気持ちを聞いたことがなく、不安に思いそう聞くと静かにでもはっきりと首を横に振った。



「嬉しかった。・・・だからあたしからも周助にキスしたいって思ったの」



いつも周助がくれるあの幸福と喜びをアナタにも、あたしから。



「もらうばっかりじゃ嫌」



ただ与えられるばかりの存在じゃ嫌だった。

あたしからだって周助に何かをあげたかった。



「ありがとう、





・・・例えば、あのとろけるような幸福を。





「でもね、僕はいつもから“幸せ”をいっぱいもらってるよ」

キスは2人いないとできないんだしね」

どちらからともなく唇を合わせて、話した後に笑い合った。

その笑顔は紛れもなく君と2人で創った“幸せ”
































































































03 青い傘


顔を上げて窓の外を見ては、暗い雲とやむ様子の無い雨にため息をつく。今日はあちこちでそんな光景が見られた。理由はこの土砂降りの雨。雨の日特有の湿気でただでさえ気だるいのに、予報ハズレの雨であったため皆カサを持ってきていない。帰り道のことを思うと気が重いのだろう。
けれどもただ一人、だけは機嫌が良かった。それは放課後が近づくに連れて顕著になり、ホームルームが終った時には鼻歌でも歌いだしそうな程だった。



「な〜んでアンタはそんなに嬉しそうなのよ」

「だって雨好きなんだもん。じゃねっ」



不機嫌さを隠しもしない眉を顰めながらのの問いにさらっと笑顔で応えると、荷物をまとめてさっさと教室から消えてしまった。軽やかな足取りで階段を駆け下りると、昇降口に立つ人物を見つけてその名前を呼ぶ。



「周助!」





その人物もまた、雨の日とは思えないほどにサラサラとした髪を揺らして振り向くと、笑顔であたしの名を呼んだ。



「今日は部活ないんでしょ?一緒に帰ろ」

「そのつもりで待ってたんだ」



周助はそこまで柔らかな笑顔で言うと、今度は苦笑いを浮かべて“走ることになるけどね”と続けた。彼もまた、突然の雨に傘を用意していなかったのだろう。あたしは悪戯をする時の子供のような調子で周助に傘を見せた。



カサ持ってきてたの?」

「あたしに抜かりはないわよ」



雨の日は周助の部活もなくて、一緒に帰れるから。
あたしは毎日天気予報にかじりついて、降水確率が少しでもあれば傘を持って登校するの。

半ば、祈るように。



「じゃあ、帰ろうか」



あたしの科白に一瞬あっけに取られたようだったけれど、さすが周助といった様子ですぐにいつもの笑顔に戻って、そうあたしを促した。
周助がさりげなくあたしの手から取って差した傘に2人ではいると歩き出した。
その青い傘は2人がちょうどは入れるくらいの大きさで、周助と歩くと肩が触れ合う。肩から伝わる熱が気恥ずかしくて隣の彼を見上げると、瞳に青い色が飛び込んでくるのと同時にニッコリと笑った周助と眼が合う。



「雨の日のはご機嫌だね」

「だって周助がいるもの」




永遠と続く切れ間の無い雲

激しく降り注ぐ大量の雨粒


あたしの上だけ 青空





(頭上ハ快晴ナリ)


























































































04 帰り道


建物の間から見える夕日とか

オレンジに染まった川沿いの道だとか


いつも見ている風景が別のものに見えてくる。

今日からはコレが普通になるんだね。




、どうしたの?」



横顔だった周助の顔がいきなりこっちを向いて、自分が周助に魅入っていたことに気がついた。



「なんでも」

「だって僕の顔ずっと見てたじゃない。照れちゃうくらい」

「うそつき」



照れてなんていないくせに。面白そうに笑っている周助を横目でねめつけたけれど、さらっと返されてしまう。



「うん、嘘だけどね。だってそうでしょ?」



確かにそのとおりで、そんなフウに言われるとただ頷くしかできない。



「見てた、けど・・・」

「何でって、聞いてもいい?」

「ヤダ」

「僕もヤダ」



だったら聞かなければいいのにと思う。こうなってしまった周助には逆らいようが無い。あたしが白状するまで絶対に諦めないんだ。



「キレイだなって」

「僕が?」

「夕日が!」



だけどあたしも素直じゃないからテキトウに答える。半分は本当なんだけれど。

本当は周助と歩く風景がいつもと違ってキレイだと思った。



「ああ、そうだね」



めずらしくあたしの嘘に気がつかなかった周助はあっさりと騙されて、夕日を見た。



「僕、昨日まで部活だったから夕日なんてゆっくり見るの久しぶりだよ。キレイだね」

「うん」



あたしはいつも見ていたけど、こんなにキレイじゃなかったよ。



「でも、がいるからこんなにキレイなのかな」



周助が口にした科白に思い切り振り向いてしまった。同じことを考えてくれたのって。
でも、周助の口元は悪戯っぽく微笑んでいて、あたしは振り向いてしまったことを少しだけ後悔した。



も本当はそう思ったんでしょ?」

「・・・嘘、気づいてたんじゃない」

「もちろん」

「うそつき」



怒ってなんかいないけど恥ずかしくて、怒ったフリをそて歩調を速めたら、周助に後ろからだきしめられた。



「でも、キレイだって思ったのは本当だよ?」



顔を上げると、夕日が反射して川がオレンジ色に光ってた。
当たり前のことが夢見たいに綺麗だった。



「・・・これからは一緒に帰れるね」

「そうだね。一緒に帰ろう」




普通っていう特別が素敵だって、
嬉しいって、
そんな風に思った。



君と2人の帰り道。





(例えばオレンジ色に染まる君の髪の色とか、)


























































































05 一つの選択


周助が運転する車の中あたしは助手席に座り、いつも難解な選択を迫られる。


大抵BGMは訳のわからない英語の歌で、周助の好む静かで穏やかなその音楽はあたしを眠りへと誘う。でも、あたしは素直に眠りにつくことはなくて、ハンドルを握る周助の顔を見る。
今が、そう。




「そんなにじっと見ないでよ」



前を向いたままの周助がクスクスと笑いながら言った科白に体が凍った。



「照れちゃうじゃない」



だけど周助の科白に真っ赤に火照った体はすぐに解凍して、思いっきり否定した。



「別に見てないからっ」



そんなあたしの言葉を“ハイハイ”と言って流してなおも笑う周助をじとっと睨む。でも見つめていたのは事実だから強くは言えないんだ。
柔らかそうな茶色の髪とか、ハンドルを握る細い手とか、前を見据えるその美しい瞳だとか。
出来すぎた絵画のようなソレは、異国の音楽のように美しくて、だけどCDとは違い一時一時移ろいゆくものだから眼が離せないんだ。



「ほら、ってばまた見てる」

「・・・見て無いってば」



あぁ、だけどダメ。周助の運転する車は何故だかとても静かで、あたしにとってはまるでゆりかご。瞼がとろんと落ちてくる。



、眠いの?眠ってもいいよ」



ちょうど赤信号で、車を止めた周助があたしを見て言う。やっぱりキレイ。
・・・ううん、違う。どうしようもない程愛しい。



?」



頬に触れた周助の手の温もりにあたしはいったん瞳を閉じたけれど、すぐに彼の顔を見て言った。



「いやよ」



眠ってる時間がもったいないもの。



「絶対に寝たりしないんだから」




ずっとあなたを見ていたい。





(それは難解なようで簡単すぎる選択)


























































































06 手のひら


「ねぇ、周助」



歩き出してからずっと黙り込んでいたが僕の名を呼んだ。

何か話した気にそわそわしていた彼女だったから、やっと話すなと思い歩みを止めてしまったに合わせて立ち止まると振り向いた。
は気まずそうに下を向いて目を泳がせていて、まだ言い出すことを躊躇っている様子の彼女に決心をつけさせるために僕は声をかける。



「どうしたの?」



意を決したかのように顔を上げたは真っ赤な顔をして言った。




「手、つないで」




予想外な科白に眼を少し見開いたけれど、再び俯いたはそれに気づかない。クスッと微かに音を立てて笑うと、彼女の手をとって応えた。



「おやすいごよう、だよ」

「・・・ありがと」

「どういたしまして」



微かに微笑んだに僕もまた笑顔で返し、2人並んで歩き出す。





「なに?」

「・・・なんでもない」

「何それ。変な周助」



言葉は飲み込んで代わりにの手を握る手に少し力を込めた。
微笑んだ彼女の眼が赤いのはきっと見間違いなんかじゃないから。
の手にもまた力が込められて、僕はその手をしっかりと握りなおした。



“元気を出して”



伝わるこの熱のように、



“君が愛しい”



繋いだこの手のひらを通してそんな気持ちが君に伝わればいいと、
僕はただ、しっかりと 手を握った。







(ねぇこの気持ち 君に届いた?)

























































































07 特別な日



君のスベテが手に入らないのならばヒトツも欲しくなかった。



僕の前に座るを後ろから抱き締めて、その肩に甘えるように頭を置いた。まだ寒さの残る誕生日の前日、から伝わる熱が僕の胸を焦がした。



「ねぇ周助、明日ケーキ焼いてきてあげようか?」

僕が甘えるような行動をとることは今までもあって、すでに慣れている様子のはクスクスと穏やかに笑いながら僕の髪に撫でるように触れていた。



「プレゼントは期待してて」



それは心地よくてずっとこのままでいたいと思わせて、決心を鈍らせる。でも、どうしても言うべきことがあって、僕は未だ僕の髪に触れ続けているの手をとり彼女の行為を中断させた。

「周助?どうしたの?」



突然のことには当然の如く疑問を口にする。僕はその科白には無視をして、「ある物」を取り出すためにその場を立って机の引き出しを探った。



「周助?」



僕の行動と、発しているだろう雰囲気に先ほどよりも訝しげな調子でが僕の名を呼ぶ。ちょうど目当てのものを見つけた僕はソレを持って振り向いた。



「ねぇ、



胸を焦がすこの想いは表情ににじみ出てしまっているのかもしれない。いや、きっとにじみ出ているのだろう。僕の名を不安げに唇に乗せるの様子がそう伝えている。



「周、助?」




―あぁ、君がたまらなく愛しい。




「ねぇ、。僕ね、明日欲しいモノがあるんだ」



“何”とが口にする前に彼女の表面に膝を付き、その手に机から取り出した“モノ”を乗せた。



「指輪?」



それはシンプルだが、けしてオモチャなんかではなかった。



「僕はが欲しい」



今だけじゃなく、未来のまで全部。
全部じゃないのなら欲しくなかった。
未来の保障ができない儚い幸せなら、存在なら僕を癒さないで。君の未来まで僕に縛りつけておきたかった。



「指輪を受け取るかは明日、教えて」



約束を受け入れてくれるかどうかは。








机の端に置いてあった携帯がバイヴの振動で床に落ちた。時計を見ると0時を過ぎていて、自分がどれほどボーっとしていたのかに気づいて苦笑する。
バイヴはメールではなく電話だったようで、未だに振動を続けているそれを拾い上げ、ディスプレイに表示された名を見るなり急いで通話に応じた。



!?」

『バーカ』



不機嫌な声で紡がれた言葉にあっけに取られて言葉を失ってしまった。



『会いたい』



だけど続くの科白は切なげにも聞こえて、抱きしめたくてたまらなかった。



、どこにいるの?」



彼女が口にしたのはすぐ近くにある公園で、僕はコートを掴んで走った。




!!」

「バーカ」



1人、白い息を吐きながら空を見上げて佇むに呼びかけると、先ほどの電話と同じやり取りが生まれた。



「あたしをバカにしないでよ」



手をおもむろに突き出したの指には昼間渡した指輪がしっかりと嵌められていた。



「あたしの周助への想いをバカにしないで」



そう言って睨みつけてくるの瞳は濡れていた。
僕はどうしようもない罪悪感と愛しさと嬉しさで、彼女を胸に抱いた。



「すぐに答えなんて出てたのにさ」

「ごめん」

「周助が“明日”だなんて言うから」

「ごめん」

「あー、寒いな」

「・・・ごめん」



“まぁいいけどね”そうが言った後、僕らは2人、しばらく抱き合っていた。



「Happy birthday 周助」

「・・・ありがとう」



満ち足りた気分。

ずっと足りなかったピースを見つけた
僕が僕になった

特別な、誕生日。





(キミの存在という幸福)