―――ばーか。―――


 少し長引いた部活も終わり、着信確認をとケータイを開いた赤也は届いていたメールの文面にはぁと溜息を零す。送り主は付き合いだして数ヶ月のだ。
部活が忙しくて彼女のためにあまり時間を避けなくても頓着しない、『テニスと私どっちが大切なの!?』なんてお決まりの台詞はふざけて一度口にしただけの少女だ。だが、流石に誕生日の約束ドタキャンには強固な堪忍袋の緒も持ちこたえなかったようだ。



「(だからってこりゃねーだろ…)」



 赤也はもう一度溜息をつきながら携帯をパタンと閉じた。ふつふつと感じる微弱な苛立ちに疲れた身体がますます重くなる気がした。にはしばらく素直に謝ることは出来なさそうだ。





悪魔の囁きで浮上する





「あぁ、やっぱり日曜練習入っちゃったか」


 がやがやと騒がしい部室の中で偶然耳に届いた台詞を辿りってみれば、練習メニューや予定が書き込まれたホワイトボードの前に立ち尽くす部長・幸村精市がいた。残念そうな声とは裏腹にその顔には微笑が浮かんでおり、半ば予想していたのだろうと伺える。名門・立海大テニス部には休みなんか無いようなものだ、なんて今に始まった事ではないのでそれも当然だろう。逆に、今更そんな事を確認する幸村の方が不自然だった。



「幸村部長、日曜に何かあるんスか?」
「いや、別に大した事じゃないんだけど…」
「ふむ…そういえば月曜が彼女の誕生日だったな。そうだろう、精市?」



 言葉を濁そうとした幸村の変わりに、ほぼ着替えを完了させた柳が赤也の疑問に答えを与えた。疑問系ではあったが幸村が「蓮二は敵わないなぁ」と苦笑しているところを見ると間違ってはいないようだ。



「ああ、当日は無理でも前日はなんとかならないかなと思ったんだけど。やっぱり無理みたいだね」
「ム、誕生日如きで恋人の手を煩わせるなどたるんどる!俺があいつに一言・・・」
「弦一郎言っておくが、俺が勝手にやってることで彼女は何も言って無いからね」



 幸村に微笑まれて、真田は萎縮したように「そうか…」と引き下がった。一見穏やかそうなこの部長の微笑みに逆らえる者など居ないと赤也などは思っている。特に彼がほれ込む恋人の事になれば尚更だ。
 件の彼女とは赤也も多少の面識があった。いつも放課後になると図書館の片隅に座る少女。図書館など殆ど活用しない赤也が、本の貸出機の使い方に困っているのを何度か助けてくれた。その少女が密かに尊敬する部長の彼女だと知ってからは時々言葉を交わしたりしている。大人しいが気取らない、話しやすい少女だった。確かに彼女が誕生日を祝わなかったくらいで煩く言うようには思えない。



「第一俺はつい最近まであいつの誕生日さえ知らなかったんだから」
「えっ、そーなんスか?」
「そろそろあいつも我侭の一つくらい言えばいいのにな」



驚きで思わず大きくなった赤也の声に、幸村は苦笑して答えた。その言葉の真意を赤也が問いだす前に、何時の間に着替え終えたのか『あいつを待たせてるから』と、出て行ってしまった。これまたいつの間に書いたのか、しっかりと記入済みでおいてある部誌は真田が届けろ、とそういうことなのだろう。



「今の幸村部長の台詞、どういう意味ッスか?」



項垂れている真田よりもそちらが気になる赤也は残った先輩に向けて問いを発した。



「なんだよお前、そんなこともわっかんねーの?お子様だねぇ」
「お前だってわかってねーだろ」
ブン太が赤也に絡んでくると、すかさずジャッカルが口を挟んだ。
『じゃぁジャッカルはわかってんのかよっ』と、勝手に言い合いを始めた2人に苛立ちを募らせ始めたころ、見かねた柳生が問いに答えた。



「おそらく、幸村君は彼女にもっと打ち解けてほしいのでしょう」
「打ち解ける?」



 なんのことだかさっぱり解らない赤也とは裏腹に他の先輩達はみんな解っている様である。あのジャッカルやブン太でさえも『なるほどねー』なんて納得顔だ。



「つまり、幸村が信用を取り戻すのはまだまだ先とゆーことじゃな」
「口を慎みたまえ、仁王君」
「はいはい。そう睨み成さんな」
「まぁなんにせよ、我侭を言えるのはそれだけ相手に気を置いているということですよ」
「・・・ふーん」



 納得したような納得できないような、でもやっぱり良く解らない。だけど、柳生の言葉で解った事がひとつあった。
 周囲はみんな着替え終わりそうで、止まっていた手に気付いて急いで着替える。
「お疲れさまっしたー」
 幸村に仕事を押し付けられて苛々している真田にも、寄り道相手を探しているブン太にも捕まりたくなくて、着替え終わるとさっさと部室を後にした。



 歩きながら携帯を操る。
 探すのはひとつの名前。発信履歴の2番目にあったそれを選んだ。



「もしもし、?あのさ、この間は悪かったよ。・・怒ってくれてありがとう」





どうか、この先ずっと君が隣で我侭を言ってくれるように。







空を見上げ祈った





title by Yu Nanase.


考えている幸村夢のサイドストーリー。幸村夢の方は気が向いたら書きます←