悪魔が見せた奇跡

02.




素直になんかなったら負けだ。
人間多かれ少なかれ、誰だって他人を陥れて蹴落として生きてるんだ。だから、俺は他人なんて必要以上に信用しないし、必要とあれば騙すまでだ。俺に対する信用なんてそんなのクソ食らえ。全部全部疑ったら良い。そうやって疑心暗鬼になっていろ、見物だ。



『君の言葉はまるで悪魔の言葉だな』



人間なんてみんな悪魔だろ。





「おっ…」



部活に向かう途中の渡り廊下から見える弓道場。
ふと見れば袴に身を包んだの姿があった。
普段ほわほわとしている。今見る友人と話す姿は無邪気で、弓を引く姿は真剣そのもので。自分の知るモノとは全く違う。



(そういえばアイツのこと殆ど何も知らんのか)



彼女が弓道部であるということさえ今初めて知った。
新マネの親友で、丸井や幸村のクラスメイト。そんなつながりで顔見知り程度になった。最初はあまり好意的な視線を感じなくて、それが好意的に――おそらくは“恋”と呼ばれるものになったのは何時からだろうか?



(馬鹿馬鹿しい)



おかしな方向に向いてしまった思考を止めた。
がなんだろうと自分には関係のない話だ。俺は彼女が苦手だったはず。そうだ。
何にも知らないように暢気に笑っている。いつだって。苛々するんだ。





『なんで、素直にならないの?人を信用するのが怖いの?』

『…何を言っているのか分からんが』

『…言いたくないならいいよ、言いたくなったら受け止めるよ』




俺の何を知っている?
入り込んでくるのは止めろ。






「仁王君じゃないですか。何を見てるんです?」

「柳生か…」

「ああ、さんですね」



柳生からすんなりその名前が出てきたことに驚く。自分が弓道場を凝視していたとはいえ一見して分かるものか?



「なんじゃ、が弓道部だと知ってたのか?」

「はい。丸井君が話してましたし、以前切原君からも聞いたことが…」

「切原じゃと…?」

「ああ、中学のとき委員が同じだったとかで…切原君はさんに好意があるようですね」



歩き出した柳生の背に見入った。動けない俺はこれが“凍りつく”ということなのだろうかとどこか頭の片隅で思った。その他の部分を支配するこのどす黒い感情はなんだ?赤也がを好きだと知った瞬間に広がったこれは。



嫉妬?



バカを言うな。俺はが苦手なんだ。嫌いと言ったっていい。




『言いたくないならいいよ、言いたくなったら受け止めるよ』


人間なんてみんな悪魔だ。お前は違うとでも言うのか?



嘘だ。

本当は縋りたかった なんて。
本当はその笑顔が
 好きだ なんて。