雲の上
1人そこへのぼらされた貴方は幸せですか? どんな人が好みかと聞かれたら、とりあえず「年上の人」と答えていた。 別に文字通り年齢が上の人がいいわけじゃなく、大人っぽい人がいいな、と思っていたのだ。自分でも曖昧だと思っていた「大人っぽい」という表現。それが寛容さとか執着心のなさを指すのだと気付いたのはしばらく前のこと。まぁ、確かにそんな人は同世代にはいないだろうと思った。思ったのに。見つけてしまった。そして、あたしはその悲しさを知った。 「、どうしたの?」 「周助、・・・なんでもない。ちょっとボーっとしてただけ」 柔らかい声にはじかれたように顔を上げると予想通り周助がいた。 いつのまにか机に突っ伏していた背を伸ばしながら応えると、彼は部活後のためかいつもより赤味の差した顔で小さな音を立てて笑った。 「はボーっとするの好きだね」 「そんなことないよ。・・・考え事してたの」 「考え事?」 「うん。というか馴初めを思い出してたというか」 「僕たちに馴初めも何も無いじゃない」 「・・まぁね」 あたし達の表面上の――共通意識としての馴初めはいつだかの放課後のことだった。――と思う(あたしは記念日を大切にする方ではない)。詳しい会話は忘れてしまったが、お互い好きな人もなく特定の人がいるわけでもないので、なら付き合ってみようかという流れだった。なんのドラマ性もない。だけど。 「じゃあ、帰ろうか」 「うん」 周助に促され、荷物を持って教室を出る。あたしはいつも周助の左側を歩いて、彼は其方の手を開けてくれている。何時もどおり、今日もその手を握った。 だけど、だけどね、あたしにとっての馴初めはもっとずっと以前にあるのよ。 特別に何かがあったわけじゃなかった。だけど、眼にした瞬間に感じたあのどうしようもない切ない気持ち。あれはもう一目惚れに近いのかもしれない。 周助の周りには何時もたくさんの人がいて、だけど何時だって周助はひとりだった。雲の上の人へと担ぎ上げられてしまったこの人の隣を一緒に歩きたいと願ったら、もうそれは恋だった。 「・・あぁ、でも僕にとっての馴初めはもっと前だったな」 「え?」 「本当はあの時僕はもうに恋していたんだ。始まりはもっと前だよ」 初めて聞く話にびっくりして、きっとあたしは眼を白黒させていた。 めずらしくそんなあたしをからかわない周助は、どこか遠くを見ながら続けた。 「僕はあの頃雲の上をひとりで歩いていたんだ。上手に、落ちないように必死で、足元も見れていなかったんだよ」 「・・・辛かったの?」 「寂しかった、かな」 普段のように笑顔を織り交ぜることもなく呟く彼の瞳は先ほどから動くことはなかった。いま彼の瞳に映るのはひとり歩いた雲の情景なのだろう。そこは、美しかったのかもしれない。 「が初めて僕に話しかけてきた時のこと覚えてる?」 「え?えっと・・・委員会の話とかじゃなかった?」 唐突に周助があたしの方を見るからドギマギしてしまって。それでもなんとか質問に答えられて安堵する。 疑問系で答えてしまったけれど、本当は鮮明に思い出せる。初めて話しかけたときは勇気を振り絞ったんだ、あれでも。・・・それにしても本当にドラマ性のない2人だ。 「そうだよ、最初の頃は事務的な話じゃなきゃ僕に声をかけて来なかったんだ」 「なんか・・・ごめんね?」 「謝らないでよ。僕はそれが嬉しかったんだ」 「どうして?」 言っていることがよく分からなくて、周助を見た。すると彼は再び遠くを見ていて、でも今度は笑っていた。 「君は僕を特別視しなくて、僕は気取らなくて良くて、楽だった」 「楽、ですか」 「うん。ちょっと聞こえが悪いかもしれないけどね。・・・嬉しかった」 地に、足が着いたのかもしれない。 「あたしも嬉しい」 「どうして?」 「あのね・・・」 あたしも貴方と一緒に歩きたかったから。 そう告げたらあなたはどんな顔をするかな? でこぼこな砂利道、畦道、泥濘かもしれない。舗装された道も、時には花が咲き乱れたりして。 でも、もうどんな道も寂しくないよね。 まぁとりあえず、バージンロードまで行ってみる?
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