受け止めようと伸ばす指先を、舞い散る花弁はふわりとすり抜けてしまう。何度目かの失敗の後、笑いを含んだ声音で背後から話しかけられた。聞きなれた声に振り向けば、薄紅の花が何よりも似合う男が其処にいた。





花弁の行方






 ―桜の花びらを地面に落ちる前に捕まえると願い事が叶う―

 咲き誇る桜と風に踊る花弁、その美しい光景を見て思い出したのは幼い頃にはやったタ他愛のないおまじない。辺りに人通りのないのを確かめて、はおまじないを実行した。
 ゆっくりと落ちてくる花びらを捕まえるのは簡単なように見えて意外と難しい。手を伸ばすと生まれる僅かな気流でふわりと逃げてしまうのだ。最初は何気なく始めただったが、出来ないとなると意地になってゆく。いつの間にか夢中で桜を追いかけていたは背後に立った人物に気付かずにいた。


、何してるの?」
「・・・不二」


 吐息を漏らすような独特の笑い方をして話しかけてきたのはクラスメイトの男子だ。
不二周助、彼はにとってクラスメイト以上の存在だったが2人の関係性を示す言葉はそれでしかなかった。だから此処での出会いをが運命的と感じるのは、不二を想いながら桜を追いかけていたからに他ならない。


「おまじない。小さい頃に流行ったの、知らない?」
「ああ、“地に着く前に捕まえると願いが叶う”―だっけ」
「そう、それ」


 は向き直り再び花びらを追い始める。先ほどよりも乱雑になってしまう動きを必死で抑えなければならなかった。背中に感じる不二の視線を気にしない振りをして、本当は此れほどにないくらい意識していた。
 近づきすぎてはならない。不用意に近づくと不二はやんわりと巧みに遠のいてしまう。風に舞い遊ぶこの花弁のように。


「―少し意外だったな。はおまじないとかに興味ないと思ってた」
「うん、信じてはないよ」
「じゃあどうして―」


 ふと振り返って不二に向き直る。そうしなければならない気がしたのだ。だが真摯に自分へ向けられた瞳に出会うと、すぐにそうしたことを後悔した。
 ゆっくりと少しずつ近づけてきた不二との関係を失いたくなかった。その為に抱えた感情はまだ秘めたままでいたかった。


「どうしてそんな真剣に受け止めようとしてるの?」
「“どうして”―・・?」
「うん、どうして?」


 からからに渇く喉にごくりと唾液を送り込む。覚悟を決める必要があった。
 不二のこの眼に見つめられたら嘘はつけないんだ。きっと想いを言葉にすれば大きな気流を生むだろう。傲慢で愚かな感情だ。


「地面に落ちると汚れるでしょう、踏まれたりすると破けるし。そうさせたくなかったの」
「優しいね」
「違うよ。逃げる花びらはそんなこと気にしてないのかもしれない。ただ、私がそうしたかっただけなの」


 もまた不二を真っ直ぐに見据え、意を決して言葉を紡ぐ。
他愛ないことだとくだらないと笑ってくれるならそれでも良かった。だけど、瞳から鋭さを消した不二の微笑みは信じられないほどに優しくて唇から、胸から言葉が零れた。


「不二は花びらみたい」
「・・・・・・・・・・・・」
「きれいで傷つきやすいのに触れようとすると逃げちゃうの。頑固なんだね、そんなところも好きなんだけど」


 胸元で掌を広げると、また一枚花びらがの指をすり抜けていった。その一枚が地面に着くのを見届けて静かに瞼を閉じ、それから再び不二を見た。


「だから私に捕まるといいよ」



 たっぷりと間をもって小さく口を開いた不二は、思いなおしたように黙ったままに向けて足を踏み出した。逃げ出したくてたまらないの足は、しかしその場に根付いてしまったように動いてくれない。不二はの目の前で止まった。2人の距離はどれほどもない。


「ふ、不二」
「ねえ、それって告白でいいのかな」



 頭が真っ白になって応えられないで居るの髪に不二の指が触れる。


「花びらはもう君に落ちていたんだって気付いてた?」


薄紅の花びらを持った不二は綻んだ笑顔で言った「捕まえてくれる?」両手を広げた不二の胸に、も同じように笑って飛び込む。捕まったのはの方かもしれない。

は望みごと抱きしめた。腕の中にあるのは求めてやまなかったの花弁だ。