春 か ぜ
かたく結んだ髪をほどく季節がきた。




瞳を閉じると心地良い風を感じる。
優しく頬を撫で、ふわりと髪をさらう。はこの感覚が好きだった。



、なぁ〜にボォっとしてるの?」

「幸せを感じてたところ・・・あんたが来るまで」

底抜けに明るい声とバシンと背中を叩いた手に、あの幸福な空気は壊されてしまった。その原因となった菊丸に恨めしげに言葉を返した。



「どーいう意味だよ!ひどいよなー、不二」

「英二のほうが悪いんじゃないかな」

周助の言葉に抗議する菊丸の声なんかもう聞こえて来ない。 彼と眼が合った瞬間、出会った頃のように鼓動が高鳴ったのは、きっと春の風のせいなのだろう。






慣れ親しんだ周助の部屋の小さなベランダ。
春の感覚を楽しんでいると、ほどいた髪を優しく指ですくわれるのを感じて眼を開いた。



「周助」

「英二じゃないけど、やっぱり少しボーっとしてるよね。何考えてるの?」



指で髪を撫でながら問われたその言葉に、あたしの口は正直に答えた。



「周助のコト」

「それは光栄だね」

「本当よ」

微笑んで応えた周助は本当だと信じてない様子だったので、その腕に手を置いて念を押した。




――春の風が好き。まるでアナタのようだから。髪や頬を優しく撫でる、その指のようだから。

だから、春はかたく結んだ髪をほどくの。――





「うん、それは嬉しいんだけどね」



まだ髪にあった手を頬に置かれた。その触れ方はいつもの優しいものではなく、もっと熱くて、まるであたしに確認させるかのようだった。



「僕はココにいるよ」



あたしの前髪に触れる周助の指は春風。
だけど、あらわれた額にキスをする唇は何ものにも例えられない。



「周助、部屋行こ」

「うん」



後ろ手に閉めた窓の外ではまだ優しい春風が吹いていたけど、周助を感じるモノなんて、思い出すモノなんてあたしには必要ないから。



今、そばにいる。