キミの目覚まし。 始業1分前の朝の廊下にバタバタと走る音が響いた。 その音の主を訝しそうに振り返る者もいるが、大抵の生徒は毎朝のことなので「またか」と、半ば苦笑を浮かべて見守っていた。 「ま、間に合った・・・」 キンコーンカンコーンという馴染みの音が鳴ると同時に教室のドアが開き、先ほどの足音の主である少女が入ってきた。 「(またギリギリかよ・・・)」 跡部は恋人であるその少女を一瞥してから溜め息をつくという4月にクラス替えをしてから毎朝の恒例になってしまったことを今日もまた繰り返した。 「おい、今日はなんであんな遅くなった?」 昼食の時間、定番の屋上に落ち着くと自分でも不機嫌だとわかる声でそう聞いた。静かな場所での食事を好むため屋上には1人も生徒はいない。 問いの応えは聞かなくてもわかっているのだが問わずにはいられない。 「寝坊」 やはり想像どうりの応えだった。 は今年の春からアパートで1人暮らしを始めていた。料理もそつなくこなすにとって家事などの問題は全くなかった。だが、はかなりの低血圧で、朝たたき起こす存在がいないというのは致命的な問題だった。 「お前なぁ、今日もこの俺が電話で起こしてやっただろうが」 「だって…布団が恋しくて電話切ったあと寝ちゃうんだもん」 溜め息交じりでそんなことを言っているをみながら溜め息をつきたいのはこちらのほうだと脱力した。思わず額に手をつき考えこんでしまったがふと浮かんだ考えにニヤリと口元に小さく笑みを浮かべてを見た。当のは跡部のそんな変化には気付くことなくのんきに卵焼きを頬張っていた。 「なんか良い方法ないかな、ねぇ景吾」 「ああ、だったら俺に良い考えがあるぜ」 「本当?どんなの?」 口元の笑みをますます深くしてとの距離をつめると、フォークを操る手を左手で捕らえ、右手を顎に沿えて微かに上を向かせた。あっけに取られていた顔が少し遅れて赤色に染まり慌てる様子が可愛いとか柄にもなく感じる自分はどうしようもないほどこの少女にはまっているんだと思った。 キスは甘い卵焼きの味がした。 何度も唇を離し、何度も何度も唇を合わせた。 「こんな方法なんてどうだ?」 何度目になるかわからない口づけの後、真っ赤に染まったの耳元で囁く。 「声だけじゃ無理だってんなら、直接起こしに行ってやるよ」 「…バカ」 真っ赤な顔のまま上目遣いに睨んできても、拒否しないということは了承の証。翌朝からは春からの恒例の足音も己の溜め息もなくなり、それに代わりねぼすけな姫君の目覚める瞬間をみれることだろう。 「お前の寝坊にも感謝だな」 「景吾、なんか言った?」 「腹が減ったって言ったんだよ」 の甘い卵焼きを頬張って、その甘さをかみ締めた。 そうやって徐々に自分の中のが増えていくことが嬉しくて。 |