『今はテニスに集中したいんだ』 だから少し距離を置いてくれないか、と頼んだ彼。 (引退ももう少しのことだったし、)いつもふざけているようなその目元があまりに真剣だったから、 『分かった』 そして、卒業して。今、アナタはあたしの隣にいないね。 …ふざけんじゃないわよ。 彼、千石清純はこのあたしと距離を置いたおかげだかなんだか知らないけれど、最後の全国大会で結構な活躍をしたらしい。 でもあたしには音沙汰なしだ。 あたしもあたしで、それまで話してなかったのに自分から近づくなんてしづらくて。結局そのまま別々の高校へ進んでしまった。 「バ〜カ〜純〜」 周囲に聞こえないような声でポツリと呟く。 花も恥らう女子高生が休日に一人淋しく町をブラブラしているのは清純のせいだ。 『バカだね。卒業前に素直に話しかければ良かったのに』 今のあたしの行動を知ったが以前そう言った。 うん、あたしもそう思うよ。でも、『やっぱお前要らないから別れよ』とか言われたらどうしよう、って怖くて出来なかった。今でも怖いよ。だって清純はあたしのトコに来なかったじゃない。 ふと見上げた空は真っ青に晴れ渡っていて、こんな日には清純の鮮やかなオレンジが良く映える。なんて考えていたから、瞳の隅で捉えた色に眼を疑ってしまった。でも、このあたしが間違えるはずのないことを体が知っていた。 あの、鮮やかなオレンジの色。 「清純!」 すれ違って、後姿になって、遠ざかって良く彼を見失わないように、気が付けば必死で叫んでいた。 振り向いて、探すような動作をしてから漸くあたしを見つけたことにも、以前と変わらない調子の笑顔で小走りで近づいてきた動作にもなんだか腹が立った。 「、久しぶりだねぇ。元気だった?」 「………」 「いやぁ、があんまり綺麗になってるもんだから気付かなかったよ〜」 「………」 少し俯き加減で、黙っているあたしに察したのか、清純の顔から笑顔が消えた。 とぼけたような調子は消えなかったけど。 「怒ってる?」 その科白であたしの感情が関を切ったかのように溢れ出し、清純を睨んでまくし立てた。こーゆうのを“キレた”というのだろか。 「…怒ってるわよ!何が“気付かなかった”?気付けよ!あたしはすぐ分かったのに、忘れたみたいに通り過ぎないでよ!!だいたい距離置くのだって引退までのことだったはずでしょ?なんで…っ、」 「なんであたしのトコニ戻って来ないの!!?」 大声で言い放ち、肩で息をしていると、清純が面白そうに笑った。 それであたしの顔が火照る。よく考えたらここは休日の街中で、凄く恥ずかしい。 「ちょっと、人が怒ってるのに大爆笑しないでくれる?」 「あー、メンゴメンゴ。でも安心しちゃってさ」 「え?」 笑を収めながらそう言う清純の言葉が不可解で聞き返した。 「だって、前と変わってないからさ」 「距離置こうって言ったとき、文句一つ言わなかったし。俺のことどーでも良いって思ってたらどうしよう、ってさ」 清純の目元はあの時と同じく真剣で、本気だと分かる。 なんだかバカみたいだね、あたし達。同じコト考えてた。 清純もそう思ったみたいで、あたし達は眼が合うと笑い出した。 「「お互い素直じゃないね」」 想いは同じなのに、怖がって、遠回りをして。 ホント、バカみたいだね。 でもそんな幼さが嫌いじゃなかった。なんだかわけも分からず愛しく感じる。 「また、電話するよ」 「…今日が良い」 「わかった」 そう約束して、別れた。 < でもあたし達、これから始まるんだ。 子供じみて遠回りをしたから、今度はもう少しオトナの恋をするのもいいね。 |