戸惑う事もなく、それは紛れもない恋だった。 ――――月と金星―――― 01. 春。 テニス部に入部して、練習量の凄さに満足して、ただ、マネージャーが居ない事に驚いたりした。 その華々しい功績に惹かれて名乗りを挙げる女子は多いが、半端ない仕事量に辞めていく者もまたしかり。 誰か根性と責任感のある者は居ないのかという話が持ち上がった。 『心当たりがある』 そう言った連二が連れて来た彼女に、俺は最初気付かなかった。 「です、よろしく」 やや緊張気味の新マネージャーと、マネの誕生を喜ぶ一部員として何かが始まるわけでもなく、それはなんら代わり映えのない出会いに終わった。 そんなことよりも俺は早く帰りたいなんて思ったりして、弦一郎が知ったら怒られていたかもしれない。(その前に皆にどうしたのかと驚かれるのか) 早く終われ早く終われ早く、終われ。 そんなことばかり考えているせいか時間は遅々として進んだ。 部長が終了の合図をする。 俺は誰よりも積極的に整備をし、着替え、1年の中の誰より早く部室を出た。 『幸村君どうしたの?』 『あー、恋人のとこ』 背中でブン太との声を聞き、俺はテニスコートを後にした。 過ぎてゆく景色は俺の中へは入ってこなくて、目的地に着いたときにはまるで瞬間移動でもしたんじゃないかと錯覚するほどだ。 そこは小さな本屋の店先、ガラスケースの中の俺の恋人。 ”彼女”は相変わらずそこに居た。色素の薄い柔らかそうな髪を夕日に照らされて、窓の外を眺めている少女。その絵。それが俺の恋人。 「(いや、片想いになるのかな)」 見つめているしか出来ない恋。 見た瞬間、息が詰まって胸が切なくなった。それでも見つめていると幸せになる。相手は描かれている少女ですらなく、その1枚の絵そのもの。それでも戸惑う事もなく、それは紛れもない恋だった。 「幸村君」 「………」 名前を呼ばれ反射的に振り向くと、そこにはが立っていた。 ”彼女”と会っている時に知り合いに逢うのは好きじゃない。以前テニス部の面々と逢った時がそうだった。唐突に否応なく夢から覚まされるのだ。 「どうしたの、こんな所で。待ち合わせ?」 「待ち合わせって?」 「さっき、丸井君が幸村君は恋人のところに行った、って」 「ああ、…コレが俺の恋人」 ましてや何も教えるつもりは無かったのに、気がつくと打ち明けていた。 やってしまった、こんな事を話して、きっと笑われてしまうだろう。(実際ブン太には俺をからかう貴重なネタを与えてしまった) 「この、女の子?」 「いや、この”絵”がだよ。…正しくは片想い、かな」 ”見ているしか出来ないからね”と言って笑って見せると、も”素敵だね”と言って笑った。 ただ、それは俺の想像していたような笑い方ではなく、 「それじゃあ、あたし帰るわ」 「ああ、また明日。気をつけて」 「ありがと。また明日ね」 むしろ、嬉しそうに見えたんだ。多分、俺の思い違いなのだろうけれど。 が去った後、俺の”彼女”を見て気が付いた。 モデルの少女とは外見も笑い方もまるで違う。それでも、はこの絵に似てるんだ。 |