――――と金星――――



02.



商店街の小さな本屋。叔父であるその本屋の店長に、あたしが描いた少女は引き取られた。なんだか最近は”彼女”には恋人まで出来たらしい。
マネとして初めてテニス部に行った日の帰り、あたしはこれまた初めてその恋人を見た。そしてそれからはちょくちょく”彼女”に向けられる”彼の熱い視線を眼にすることとなっていた。昨日も、いた。




「幸村、昨日もいたでしょ」

「ああ、また見たのか?」

「うん」




”何を”とは言わずに話しかけると、幸村はドリンクを飲む動作を止めてきょとんとした顔になる。そして一泊遅れて理解するとふわりと微笑んで応える。
こんな些細な動作なのに幸村がしているというだけで本当に絵になる。輝いているような気さえしてくる。




もよくあそこに行くんだな」

「あの本屋叔父さんの店なのよ。そう考えると今まで気付かなかったのが不思議ね」

は意外と抜けてるところがあるからね」

「…なによ、それ」

「本当のことを言っただけだよ。…さて、そろそろ練習に戻るよ」




未だ睨み付けるあたしに爽やかな笑顔を送って幸村はテニスコートへ走っていった。
青空に幸村。
なんだか眩しくて眼を細めた。きっと眩しいのはギラギラと照りつける太陽のせいじゃない。幸村が光ってるんだ。




「もっと、儚そうなイメージがあったんだけどな…」




中学の時に大病を患ったという噂のせいだろうか。月のように儚げなイメージがあった。だが、実際には”儚い”という言葉からは正反対に位置している人だと思った。
彼は月ではなく恒星。一等星のごとくに自ら光り輝くのだ。




「何がだ?」

「わっ、柳。…びっくりするからいきなり後ろから現れないで」

「それはすまなかった。…精市と仲が良いとは知らなかったので驚いてな」

「まぁね、絵の話してたの」

「絵…?」

「そ。あ、ねえ柳、絵といえば明日部活来れない。美術の課題が終わらなくて」

「…、それくらい授業中に終らせろ」





呆れた様子の柳だったが”超大作なのよ”と言うと部長に伝えてくれると約束してくれた。
そう、超大作なのだ。なんたって本屋の”彼女”と対になる絵。全然イメージが掴めなくて仕上げられなかったのだけれど、今ならば描けるような気がする。
月のように柔らかな少女が見つめる先、彼女を照らす一等星を描こう。









美術室の窓からは、テニスコートがよく見えた。
ああ、そういえばあの絵を描いたのもこの窓際だった。もしかしたら”彼女”もあの時本当にテニスコートを、そしてもしかしたら幸村を見ていたのかもしれない。 なんて、考えたら鼻の奥がツンとした。美術室に充満する匂いのせいにして、窓を開けて。それでも治らなくて焦った。




「なんて馬鹿やってないでさっさと描かなくちゃね」




キャンパスに向かって筆を握る。そしてテニスコートに眼を向けると、あぁ、もう、どーしろって言うのよ。




「なんで幸村いないのよ」

「俺がどうかした?」




言った瞬間ガラガラと音を立てたドアに驚いて、続く声にもう一度驚かされた。




「…ゆ、幸村なんでここに居るの?」

「俺も課題が遅れててね。蓮二にが部活休んで仕上げるって聞いたから、俺も便乗」

「…へー」




笑った幸村はやっぱりなんだか眩しくて、また鼻がツンとした。
今度はその原因がはっきりわかった。




「これの絵?…凄いな」

「そんなこと、ないよ」

「いや、それこそそんなことない。俺は、好きだよ」




胸が高鳴った。
あたしも、好きだよ。これは紛れも無い恋、だ。
ああ、もうやだな。最悪だ。だって、幸村があの熱っぽい視線を向ける相手をあたしは知っているのに。




「幸村、あのね……」

?どうし…」

「あのね、”あの絵”の女の子、っていうの」




驚いた表情までなんて残酷に美しいんだろう。
あたしは貴方に照らされる月になりたかった。




「あたしの親友なんだ」