骸が薄く笑って、その腹からとめどなく溢れ出る赤を抑えようとするあたしの手を制した。そしてそのか細い力で彼の胸ポケットへ誘導する。 「・・・骸っ」 指先に触れる硬い感触。使うことはないのにいつも骸がそこに忍ばせている漆黒の小銃。弾丸は一つしか装填されていない。 『何で?』そう聞いてみても、骸はニッコリと笑って煙に巻くだけだった。 |
『準備なんだよ』 見かねたボスがこっそり教えてくれた。何時も優しい柔らかな微笑が哀しそうにくすんでいたのが印象的で、その話を忘れられなかった。 『いつでも大丈夫なようにを連れているんです、って言ったんだ』 骸が。 |
『ちゃん戦えないだろ。戦闘に毎回連れて行くの危なくないか?』 『は僕が必ず守りますから大丈夫です』 『その分お前が危険になるだろ』 『がいようがいまいが戦闘なら何時死んでもおかしくはない。僕は彼女のいない所で死ぬわけにはいかないんですよ』 |
とても幸福そうな顔でそう言ったのだと。 『準備って・・・』 『いつでも死ねるための準備だよ』 骸は死に囚われている。 『ちゃん、骸を救ってあげて。生きようとさせてやって』 ボスの願い。あたしは頷かなかった。 |
「骸」 「、覚えていますか?僕らが初めて出会ったときのことを」 「覚えてるわ。・・・あたしがあんたを殺そうとした」 降りしきる雨の中、震える銃口を骸に向けた。仇だった。だけど、この世の物とは思えないほど妖しく美しい瞳に、その存在に、あたしは魅せられてしまったのだ。 「それで、あんたは約束したのよ」 「はい、僕が死ぬ時は君に殺されようと」 動こうとしないあたしの手に骸が小銃を握らせる。 「いま、果たす」 「・・・そんな約束果たさないでいいよ」 果たされないことを願ってた。・・違う、願うことすらなく、忘れていたくて考えることを放棄した。 「僕が果たしたいんです。あの約束は必ずしも、君のためではなかった」 「気付いてたわよ、馬鹿」 「そうですか・・・」 骸が大量の血を吐き出す。もう時間は残されていないのだと告げる。 「僕は死ぬことは怖くない。ただ死んだ後にも廻るだろう輪廻の世界にもううんざりしたんです。どう足掻いてみたところで逃れられたことはなかった。だけのあの日君を見つけた。あの雨の中で僕は知らない気持ちが感覚が生じるのを感じたんです。この娘ならば僕を解放できると思った」 「勘違いかもしれないじゃない」 むしろそ可能性のほうが高いのだ。そんなもの骸の独りよがりの妄想だ。そう思い込んで、そう願っているだけ。彼に降りかかった呪いが、そんなに生易しいはずがない。 「それでも良い。僕はただ、君に殺されたいんですよ」 「本当に馬鹿・・・。それだって、気付いてたわ」 クフフっと笑ったはずの骸の口からはヒューという擦れた音が漏れるだけ。本当に、最期だ。 泣きそうなあたしの頬に、かつてなく穏やかな微笑を浮かべながら手を伸ばす。届かなかったそれを握って頬に摺り寄せた。 骸は死に囚われている。そして生にすら。 『助けてやって』 ボス、あたしもそう思うの。だけど、それは生に縛り付けることじゃないんだよ。 『準備なんだよ』 そう、彼は準備していた。でもそれは死ぬ時のためじゃなく、 「、僕を殺してください」 使わない銃を持ち歩くのも、それにたった一つの弾しか装填しないのも、足手まといなあたしをいつだって傍に置いたのも、 |
そしてあたしは彼の胸に銃口を当てた。引き金を引けば冷たい弾丸が彼の心臓を貫く。きっとそれが熱いキスよりも深い愛の表現。 「 「、 この愛すらも、また。 |