街を歩くとむせかえるような甘い香。その香に誘われて、綺麗にラッピングされたチョコを一つ買った。もちろんお菓子会社に画策された乙女チックなイベントに参加するためではない。
コーヒーを淹れてソファーに腰掛けると、躊躇することなくラッピングを破り捨て、未だ甘い芳香を放つチョコを一欠けら、口の中に放り込んだ。恋する乙女の気持ちを語るそれは、あたしの舌の上でどろりと融けて消えた。(男に縋るような、余韻を残して)



「甘〜い」



苦いコーヒーを一口飲み、その余韻でさえも残酷に消す。あたしはこんなもの欲しくもなかったし、



「まったく。、君は今日をどういう日だと思ってるんですか?」

「あ、骸。おかえり」



“ただいま”を溜息で代用した骸は、あたしの手の中のチョコレートを呆れたようにみた。



「今日は異性にチョコを贈る日ではないんですか?」

「まぁ、そーだけどね」



あたしはあんな甘さも、縋りつくような残骸も、欲しくはなかったしあげたくもなかったんだよ。



「チョコ欲しかった?お一ついかが?」

「いりません。もともとから貰おうだなんて期待していませんよ」

「あ、やっぱり?」



笑いながらそう言うと、



「もちろんです」



骸もまた笑って答えた。
方眉を少しだけ歪ませて笑う。それは癖なんてものじゃなく、もっと深いところで彼に刻まれた本質を示しているのだろう。その痛々しく歪んだ微笑があたしはどうしようもなく愛しいのだけれど。それは乙女達が甘いチョコレートで語らうのとは別次元の感情なのだ。あたしがこの感情を伝えるには何を用いればいいのだ。



「それより僕にもコーヒーをくれませんか」

「ん、分かった。ちょっと待ってて」



冷めてしまった自分のコーヒーも新しくしようと、飲みかけのコーヒーカップを持って立ち上がった。



「骸もブラックでいいのよね?」

「はい」



骸お気に入りの豆でコーヒーを淹れると、落ち着いたほろ苦い香りが漂う。
あれ?と思って口に含むと、なんだか不思議と安心する。あぁ、そうか。これだ。



「ねぇ、骸」

「はい?っ・・・」



コーヒーを含んだそのままで骸に口づけをした。心地よい苦味があたしの、そして骸の口内に満ちる。

ねぇ骸、これがあたしが貴方にあげたかった気持ちだよ。



「苦かった?」

「はい、とても素敵な味でしたよ」



笑顔を交わしたあたしたちが共有したその感情。



「骸、あなたがどうしようもなく愛しいの」



それは、全てを侵食するほどの苦味