“嵐の前の静けさ”という言葉はよく聞くけれど、あたし達の今の状況こそまさにその言葉に当てはまるモノなのだ。 まぁ、骸はそんな風には考えては居ないのだけど。それは彼の背中が如実に語っている。血も硝煙も背負っていないその背は、それでも狂気と凛とした怜悧な感情を放っていた。 近い未来に来る、あたし達の日常である嵐が気を重くする。戦列に加わるだけの憎しみも理由も持っていた。だけど、今はそれより大切だと思えるモノがあるのだ。 「ねぇ、骸」 「はい?」 「手、繋いでもいい?」 骸は顔には出さないけれど、凄く驚いたようだった。 普段あたしは自分から骸に触れることはないから。だけどそれは骸が、人に触られるのが嫌いだと思ってるから。本当は何時だって、もっとずっと触れていたいの。 「別に良いですよ。…どうぞ」 嫌がって、断るかと思ったのに、意外にも骸は笑顔で手を差し伸べた。だけど彼はあたしの気持ちなんて何にも気付いてないのだろう。 …ああ違う、気付いているのかもしれない。そして、あたしの気持ちを知って、面白がって、嘲っているのだとしたら…あぁ、なんて残酷なのだ。 「どうしました、」 「…なんでもない」 それでも、だけど、やっぱりあたしは狂気をはらんだ冷たい体温に触れたくてどうしようもなくて、その手をとることしか出来ないのだ。 「今日の貴女は少しおかしいですね」 「……そうかもしれない」 「何かあったんですか?」 「変わった事は特に、何も」 そう何もなかった。だけど、言いたくてたまらないことがあって、それでも伝えることは出来ないとよく分かっていた。 「なら、いいんですけどね」 「…骸?」 あたしの手を引く骸は、いつもと違う道に足を向けた。それはほんの少し、迂回する遠回り。 「悩んでいる時にはゆっくり歩くのが一番だ。嫌ですか?」 「…ううん」 反則的な気まぐれな優しさに身をゆだね、骸の隣を大人しく進んだ。 街頭はおろか月明かりもない闇の中。前も後ろも一歩先は見えなくて、感じられるのは骸の息遣いと冷えた手の温度。とどのつまりはこの世界はあたしと骸2人だけのもので、涙が出そうだ。 「骸」 「なんですか?」 やっぱり伝えられないのだけど。 「…なんでもない」 あのね、この闇の中をあなたと手を繋いで永遠に歩けるなら、あたしは他に何にも要らないの。それ以上に重要なことなんて思いつかないし、他の何かを無くしても構わないと思うんだよ。 だから、ねぇ、愛してください。
(嵐と静けさのハザマでそれだけを願ってる、ただ)
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