赤い色が嫌い。鮮烈で、それでいてどす黒いそれを見ると気持ち悪くなる。 鉄の臭いが嫌い。鼻につく錆びたその臭いを嗅ぐと身体の底から吐き気が込み上げてくる。 本当に、大っ嫌いだ。 「スクアーロ、スクアーロ、また怪我してきたの?」 「してねぇぞぉ」 「嘘だよ。だって血の臭いがするもの」 ちっと舌打ちして、スクアーロはソファーに荒々しく座った。起こってるのじゃなく、バツの悪そうな表情。彼は本当はとても優しい人。だけど自身にはけして優しくない人。 「任務だから仕方ないのかもしれないけどさ、そのわざわざ身を危険に晒すような戦い方止めなよ」 「・・・だから、怪我なんてしてねぇ」 「往生際が悪い」 有無を言わせずに上着を剥ぐと、白い肌とそこに乱雑に巻かれた包帯があった。肌と同じに白いはずのその布は、きちんと処置しないために滲み出た血で赤く染まっている。 また面倒だとか言って医務室に行かなかったのだろう。呆れて溜息が出る。 「面倒だったんだ。仕方ねぇだろお゛」 「だと思ったから溜息ついたんだよ。それ、仕方なくないし」 意味を成していない赤く濡れそぼった布を取り去って、現れた生々しい傷を丁寧に手当していく。大嫌い大嫌い大嫌い。 「悪ィなぁ」 「・・・いいよ、別に」 だけどね、出会ってしまったんだ。鮮血の舞散る日常、そして貴方に。もう失えないの。 私の指に付着してしまった血を見てスクアーロは狼狽して、それを拭おうと手を伸ばす。いいよ、別に、このままで。 その手を避けて、熱い体温を逆にしっかりと握る。反対側の温もりはもう無いのね。あんなにも愛しんだのに。 「?」 「あのね、怪我したって構わないの。血だってもう平気なの。スクアーロのならなおさら・・・むしろ愛しくさえ思うんだよ」 この忌々しい赤や鉄の臭いさえ、貴方のものならこのまま永遠に消えなければいいと思った。 「染込んで、滲み付いて、二度と落ちなければいいと思うんだよ」 だってあなたはどんどん消えていってしまう。虚無か、暗闇の向こうで手招きして呼んでいる。あの愛しい愛しい片手のところへ。 赤い色も鉄の臭いも大っ嫌い。だけど怖くない、怖くないよ。何よりも怖かったのは貴方の名がつく全てが消えてしまうこと。特に、大切なこの記憶は。 「スクアーロ、怪我をしても絶対私のところへ帰ってきてね。死ぬときは必ず私の腕の中で。スクアーロ、大好きだよ」 「歪んだ愛情だなぁ。・・・俺のせいかぁ」 にっこりと笑った私へ返したスクアーロの笑みは出会ったあの頃とは少し違う、私も。だけど何も変わったことなんて無い、大好きだよ。だって私たち、大切なものを守るために変わったんだ。 スクアーロの顎に手を添えて、ゆっくりと深いキスをする。口内も切っていたのだろう、鉄の匂いがした。甘い甘いこの味も絶対に忘れないよ。 きっと、暗くてきな臭いこの記憶を、私は一生この胸のてっぺんに輝かせておくの。 |