何も背負うことの無いただの『沢田綱吉』として過ごす最後の夜。綱吉は獄寺の用意したホテルの一室に居た。今までの人生では在りえないほど豪華な部屋は、獄寺が気を利かせたのだろう、華美すぎない落ち着いた雰囲気を漂わせている。だから、綱吉の胸を細波のようにざわめかせるのは別の要因。部屋の片隅で窓を眺めるだ。 窓を眺めるというには多少の御幣があった。何故ならさぞ美しい景色が見えるだろう大きな窓はカーテンで覆われている。綱吉に背を向けたは淡いベージュの空を睨み続けているのだ。 その細い胸を襲っているだろう不安が綱吉には解っていた。それとおそらく同種のものが自分の中にもあった。 ボンゴレを継ぐことを承認したときから何かが変わった。表面上は何も変わらない。しかし確かに存在する違和感の正体はすぐに解った。それははびこる緊張感。リボーンも父・家光も、それを綱吉に隠すことを止めたのだ。いつ、隣の人物が消えるとも知れない、もしかしたら自分が死んでいるかもしれないそんな世界に綱吉は足を踏み入れるのだ。 『後悔してるか?』 イタリアの地を踏んだとき、ごくりと喉を鳴らした。それに感づいたのかリボーンが静かに尋ねてきた。 『しないさ』 リボーンが誇らしげに微笑んでくれたのが嬉しかった。家光が頬を書きながら、瞳を閉じて笑った。共に過ごすようになって気付いた、“申し訳ない”と感じている時にする父の癖だ。 そんな顔はしないで欲しかった。小さな家庭教師と初めて会った時から流され続けてきたような気がするけれど、しかし確かに綱吉が自身で選択した道だった。 「」 それは彼女も同じだろう。それを知っているから綱吉は“ありがとう”も“ごめんね”も言わない。そんな言葉は傲慢だ。 どうしたらいいのか分からない綱由は躊躇して手を伸ばす。 その手が触れる前に振り返ったは、笑顔だった。 「ツナ、ツナ、見て!!」 そう言っては一気にカーテンを開ける。 眩しさに眼を細めた後飛び込んでくるのは見事な夕焼け。紅に染まった空に、沈みきる直前の太陽は鮮烈な輝きを放つ。 「すごい、綺麗だ・・・」 「でしょう?タイミングを計ってたの」 夕日に見入る綱吉には自慢げに微笑む。 夕日が美しいのは一瞬のことだからだと何かで読んだことがある。短い間しか見れないからこそ美しいのだと。 それは綱吉たちに似ているのかもしれなかった。仲間達と過ごす日々は楽しく、何ものにも変え難い。しかしそれは同時に危険と隣り合わせの危険な日々だ。 「(なら、俺はその一瞬を精一杯生きるんだ)」 硬く握り締めようとした自らの手をが優しく握った。柔らかいそれに包まれ、自分の手が汗で濡れていることに気付く。 「獄寺君に感謝しなきゃね、ホント綺麗」 「…そうだね」 「来て良かった!」 「うん。こんな綺麗な夕日と見れるんだもんな」 無邪気な微笑みに、難しいことを考えるのは止めた。哀しく下らない理屈などなくても、隣にはが居て、夕日は美しいのだ。 陽が完全に落ちて、空のグラデーションに紺色が増していく。 綱吉の肩に頭を預けたが笑って言った。 「今度はきっと星が見えるね」 明日世界が終わるとも
それがなんになるのだろう。 。 title by Yu Nanase. |